鶏肉

鶏肉の歴史

今ではもうお馴染みの鶏肉ですが、現在に至るまでには長い道のりがありました。「さまざまな経験を積んだ人ほど味のある人間になる」のと同じように、長い歴史を歩んだからこそ美味しい鶏肉になったのでしょう。

そんな鶏肉の歴史を振り返りながら、長年にわたって愛され続ける理由を探ってみましょう。

鶏肉(ニワトリ)のルーツ

ニワトリ

どこにでもいる・・・というイメージのあるニワトリですが、降って湧いたわけじゃありません。さかのぼること4000年以上前、インドで飼育されていた赤色野鶏(現在も東南アジアに野生している)がさまざまな形で各国に渡り、世界中に広まったとされています。そんな赤色野鶏もインドや中国で数千年にわたる改良が施され、大きさ(1kg → 5〜8kg)や産卵(春から夏にかけて数十個 → 年間通して百数十個)と各所で大きな変貌を遂げました。

現在の「ニワトリ」があるのも、この改良がなせる業なのでしょう。

日本でみる鶏肉の歴史

日本にはもともと存在せず、はるか昔に中国から朝鮮半島(もしくは南方)を経由して渡来したといわれる鶏。そんな鶏(鶏肉)が辿った日本での歴史を時代別に振り返ってみましょう。

飛鳥時代

鶏肉を含む5畜の肉食を禁じる『肉食禁止令』が発令。これは「涅槃経」の教えによるもので、農耕期間(毎年4〜9月まで)のみ実施されました。

平安時代

ショウコク

中国から「小国(ショウコク)」と呼ばれる尾の長い鶏が渡来。当初は宮廷の闘鶏として愛用されていましたが、のちに各地の地鶏と混血し日本固有の種を作り出すこととなります。

また、小国は尾長鶏や東天紅の祖先でもあります。

江戸時代

人間の食料がやっとという時代に、貴重な穀物をエサとする鶏を「鶏肉」として飼育するのは至難の業。そこで、野山に生息する野鳥を捕食していたところ、乱獲で野鳥が絶滅することを恐れた幕府によって野鳥の食用を禁止する措置がとられました。

明治時代〜

今では手頃な価格として親しまれる鶏肉も、明治〜戦前までは鶏1羽が1週間分の給料に匹敵するほど高額でした。中でも「シャモ鍋」に関しては大卒の初任給(昭和初期)が約25円のところ、1人前3円以上という破格。いかに高級食材だったか・・・ということがわかりますよね?

ブロイラーの歴史

アメリカ駐留軍の影響から鶏肉料理の需要が増大し、農家が内職的に食肉用として鶏を飼育するようになったのをきっかけとして昭和28年「ブロイラー産業」が開始されました。

昭和40年にはアメリカからブロイラー用のヒナ鶏が輸入され、それに伴い生産量も増加。アメリカ発祥のブロイラー産業も今ではすっかり日本に定着し、日本人の食をしっかり支えています。

高級な鶏肉「地鶏」

名古屋コーチン

日本全国へ広がった赤色野鶏(ニワトリ)は、各地で独自に改良されていきました。それが、今でいう「地鶏」の始まりです。

地鶏というと「比内地鶏」や「名古屋コーチン」といった高級な鶏肉を想像しますが、これらは純血な地鶏が片親であることを前提に別種を掛け合わせた「雑種」なのです。実は、多くの鶏種が戦時に倒れる中、絶滅を阻止するため「天然記念物」に指定された純血な地鶏は食べることが出来ません。

そんな純血な地鶏は、今も鶏愛好家や畜産試験場の手によって種をつなげ続けています。また、最近は「地鶏」との判別が難しいとされる「銘柄鶏」というものも出てきて物議をかもしています。

COLUMN 鶏の卵についての歴史

卵

肉食を禁止する風習のある中、古くから食用として扱われていた鶏肉。しかし、それに対し卵は江戸時代からと、意外にも最近。これは、生命のカプセルである卵を「宇宙」や「地球」に見立てることで、食べることへの恐怖心や信仰心が生じた・・・といわれています。

しかし、江戸時代に入ると一般的に食べられるようになり、卵売りの行商まで現れました。また、天明5年に出版された料理本『万宝料理秘密箱』では、珍しい卵料理を掲載した「卵百珍」が有名です。